技術解説

カナブンがレーザ発振する!? 
次世代ディスプレイを指向したコレステリック液晶レーザの開発
(東京工業大学大学院理工学研究科)



研究された方々
  • 内村 真(東京工業大学大学院 理工学研究科)
  • 渡辺 陽(東京工業大学大学院 理工学研究科)
  • 小西 玄一(東京工業大学大学院 理工学研究科)
  • 渡辺 順次(東京工業大学大学院 理工学研究科)
  • 竹添 秀男(東京工業大学大学院 理工学研究科)



「カナブンがレーザ発振する!?」 −生物の構造に学ぶ、選択反射機能と液晶レーザへの応用− contents

東京工業大学の研究グループでは、カナブン(金蚊)の甲羅がもつ、まるで金属のような色を発する構造にヒントを得て、有機レーザや面発光レーザ、電子ディスプレイ、高速通信など幅広い応用が期待される「コレステリック液晶レーザ」の研究が行われています。

開発が進んでいる液晶レーザは、無機物にはない優れた加工性から、「波長を可変」させて“1つの光から3色を得る”ことなどができ、また超小型化も容易なことから、優れた色彩を表現できる究極のディスプレイ開発のキーテクノロジーとして期待がもたれています。
また、この研究によってもたらされた、“液晶レーザに適した高効率の発光色素の発見”は、これまで停滞気味であったこの分野の研究を、大きく進展させる可能性も秘めています。




カナブンの甲羅の螺旋構造と円偏光 contents

カナブンを含む一部のコガネムシの甲羅は、微細構造が生み出す“構造色”の例としてよく知られています。この甲羅の表面は、光の波長と同程度(可視光の波長である400〜800nm程度)の周期の螺旋構造をもつ「コレステリック液晶」のような物質でできていて、螺旋の方向と同じ方向に回転する円偏光だけを選択的に反射します。

  円偏光とは、電場の持つ方向が光の周期で回転する光のことですが、「左巻き」「右巻き」があり、左巻きの円偏光をカナブンに照射すると緑色に輝き、逆に右巻きの円偏光では黒く見えます。こうした様子から、カナブンの甲羅が選択反射を行っている様子が見て取れます。孔雀の羽根なども、同じような選択反射を行っています。




選択反射機能を利用した、波長可変型面発光レーザ実現の可能性 contents

こうしたカナブンの甲羅を模倣して作成した螺旋構造中にレーザ色素を導入し、発光させると、

  • 発光波長域に選択反射が重なっている場合は、「光の閉じ込め」とそれによる「増幅」が起こり、
  • 反射帯のエッジではレーザ発振する、

という、図のような“分布帰還型レーザ”作ることができます。

カナブンの甲羅にヒントを得たこの液晶レーザは、残念ながらまだあまり実用的なところにまでは到達していませんが、その加工性から、波長可変、超小型、フレキシブルな面発光デバイスを容易に作製できることなどが期待されています。また将来的には「波長を自由に変換」したり、「一つの光から、光の三原色を全部取り出す」、といった研究までを視野に入れた研究が行われています。つまり、レーザ発振が簡単に行えるようになれば、自由に3原色を取り出し、優れた色彩を表現するディスプレイも実現できると考えられています。




最大の課題は、「いかに低エネルギーでレーザ発振するか」−色素の見直しで、閾値を従来の1/20に−

contents

こうした液晶レーザを実用化するための課題は少なくありませんが、その中でも最大の難関は「いかに低エネルギーでレーザ発振するか(レーザ発振の低閾値化)」であり、そのための発光色素の開発でした。これが実現できれば、「高出力発振に伴う色素やマトリックスの劣化」の問題も同時に解決できるかもしれません。
この問題に対し、これまでは、

  • 欠陥構造の導入
  • 凾獅フ大きなコレステリック液晶の利用
  • 円偏光による励起

などが行われてきましたが、実はこれまでの研究では、研究の段階で液体レーザの色素を買ってきて、液晶層にドープしているだけ、という状況がありました。

そこで今回の研究ではこの点に着目し、“色素を液体レーザ用に設計し直すと、実はうまく発振するのではないか」という考えのもと、コレステリック液晶レーザに適した超高効率発光色素の分子設計、およびレーザ発振性能の評価を行ったところ、なんと従来の”20分の1“という低い閾値でのレーザ発振を行うことに成功しました。

同研究室では、ここ2年ほど色素に関する調査を行ってきましたが、その中で「アントラセン誘導体」と「ピレン誘導体」の2つの色素を見出し、液晶マトリックスとの相溶性を高めた新規な色素を合成したところ、長波長ではアントラセン系で180nJ/pulse、低波長ではピレン系で23nJ/pulseという結果を得ました。このうちピレン系色素は、これまでにレーザ色素として用いられていたDCMの1/20という低い閾値を実現しています。




さらにもう一桁、低い閾値の実現に向けて

同研究室では、色素を系統的に合成してレーザ発振特性と比較検討しつつ、色素の持つ発光量子効率、蛍光寿命、吸光度、液晶中での配向性などの因子と低閾値の関係などを明らかにしています。

しかし、実用的なパルスまたは連続発振には、もう一桁低い閾値を実現する必要があります。この問題についても、今回の研究で得られた設計指針をもとに、現在研究が進んでいる技術を複数組み合わせていくことで、近い将来に解決できるものと考えられています。

(当日配布資料,講演取材などをもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)


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