医工連携 特別インタビュー

「医療機器の申請から承認までを,欧米並みの“14ヶ月”に」

−膨大な商品点数を効率よく審査する仕組みで,国際競争力向上を目指す−


医療機器の分野でも高く評価されている,日本の工業技術力。しかし高い技術力とは裏腹に,“開発から承認までの時間が,欧米に比べて非常に長い”という制度的な要因が,これまで市場競争力向上,国内医療機器産業の育成を妨げる大きな障壁となってきた。

  こうした問題について,医療機器の審査にあたる「独立行政法人 医薬品医療機器総合機構」(PMDA)および厚生労働省は,医療機器審査をかつての2年近くから,“欧米並みの14ヶ月”に短縮する取り組みに乗り出した。
 ここでは,工学系のエンジニアとして同機構で審査に携わり,自身も人工心臓研究のエキスパートであるPMDAの山根隆志氏に,医療機器審査の現状と,審査機関短縮の新しい取り組みについてお話をうかがった。




今回、お話を聞かせていただいた先生

山根 隆志 氏(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 スペシャリスト)

企画協力:医工ものつくりコモンズ医工連携推進機構



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● 医療機器審査の現状と課題 ●

Q.まず,医療機器審査の特徴と,審査の現状について教えてください。

まず医薬品とは違う,医療機器ならではの特徴として,“非常にアイテム数が多い”,ということが言えます。病院での診断・治療の流れを頭に思い浮かべると分かるように,まずどんな病気・怪我かを知るための診断器具があり,処置を行うための治療器具や手術のための器具があります。最近では,軽症の病気・怪我である場合には,再生医療や組織工学を適用しますし,命に関わるような場合には,臓器や骨・組織・皮膚などを人工臓器,人工材料で置換したり,ということが行われます。

このように,患者に触らないで使うものから,体内に埋め込むものまで,医療機器は種類が非常に多くバラエティに富んでいるのです。その内容も大きなMRIや手術用ロボットなどから,X線フィルム,カテーテル,手術用器具に至るまでさまざまで,種類はなんと4000種以上と言われます。

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こうした,まるで「機械のデパート」のような領域を審査しなければならないわけですから,審査も容易ではありません。もともとは厚生労働省の下に,医薬品医療機器審査センター及び(財)医療機器センターがあり計20人余りで,医療機器“年間3000件”という膨大な審査をこなすには人手不足でした。
一方で,医療機器の開発から臨床試験,承認に至るまでの時間が海外に比べて長すぎるという現実は,日本の医療機器産業の国際競争力を失わせる大きな要因ともなっています。世界的に大きなシェアを持つ欧米のみならず,種別によってはアジア勢の急激な追い上げの中で,「日本の審査が遅い」という現状は一刻も早く打破しなければなりません。世界的には20兆円規模といわれる医療機器市場の中で,現在10%を占める日本の医療機器産業を今後大きく育てていくためにも,人的な側面と,新たな施策,仕組みの見直しの両面から増強が図られつつある,というのが現在の状況です。

そうした施策の一環として,現在,医薬品・医療機器の承認審査・安全・救済に関する機関である「独立行政法人 医薬品医療機器総合機構」(PMDA)に対して,「産業技術総合研究所」からも,審査の支援を行うこととなりました。毎年1人以上が出向し,これまでにのべ9人が審査での協力を行っています。ちなみに,あまりハイリスク品ではなく,ルーチンにしたがって審査できるような機器審査が民間認証機関による「第三者認証」として審査されるのに対し,「大臣承認」とは非常に新しい機器,また通常の基準に合致しない珍しいデバイスなどに対し,医薬品医療機器総合機構,厚生労働省を経て出される承認のことを指します。
また,世の中にはじめて出てくる医療機器は審査基準が未確立なことも多いので,そのために“医療機器を審査するためのガイドライン”を学会と厚生労働省,経済産業省が一緒に作り,示すという活動を行うことで,この薬事行政を支援するという事業にも協力しています。





Q.この機関の独立行政法人化によって,「審査のハードルが下がると思ったら,逆にやや難しくなった」,との見方もあるようですが・・・。

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それはこの機関そのものに起因するものではなく,「新薬事法」の施行によるところが大きいでしょう。ちなみにこの機関は平成16年にできましたが,新薬事法は平成17年4月に施行され,そこから体制が大きく変わり,業界再編につながっていったということが言えます。

医療機器の開発プロセスはご存知のとおり,@大学および研究所での基礎実験,A実験室での実験や動物試験などによる「非臨床試験」,B人に対して行われる「臨床試験」を経てデータを揃え,承認申請を行い,1年〜2年の時間をかけて承認後に市販,という流れになります。
こうした承認までの一連の流れについて,旧法ではあまり細かい規定はありませんでしたが,平成17年4月より適用された新薬事法では,アメリカでも適用されている「GLP(グッド・ラボラトリー・プラクティス)」「GCP(グッド・クリニカル・プラクティス)」「QMS(クオリティ・マネジメント・システム)というISOのルールが,適用されることになってしまいました。
こうした変化は,年商1000億以上の企業がずらっと軒を連ねる製薬の世界と違って,ベンチャー企業も多く,中小企業が人手不足の中でバラエティに富んだ機器を作っている医療機器産業にとっては,大きな負担といわざるを得ません。

とはいえ,審査に当たっては安全・安心という観点で,「これらISOルールの条件を備えた企業から上がってきた案件であること」を満たしているかどうかがまず最初に確認されますので,対応は必須です。その上でかなりの部分が書類審査によって行われます。章立ても大体決まっており,ルーチンに基づいて(いわばアブストラクトと結論を見て),中にそれにふさわしい手順で,方法論と実験結果が書いてあるか,といったことを見ていく作業になりますので,書類の量こそ医療機器審査のほうがはるかに膨大ですが,喩えれば“論文の査読”とほとんど同じようなものだということができます。
根本的によって立つ法律は“薬事法”(品質,有効性および安全性の確保のために必要な規制を行う)で,医薬品,医療機器,化粧品などがこの審査の対象となります。





Q.なぜ医薬品には大企業が多く,医療機器には小さな企業,ベンチャーが多いのですか?

医療機器は,たとえば手術用器具の使用目的を変更しただけでも,それはもう“別の医療機器”になってしまいます。申請は品目ごとに行うものなので,品目が変わったら,それらを一つ一つ申請せざるを得ません。また,作っている側も「うちの商品はこれ」という意識が明確で,たとえば高分子を材料とする会社は金属などほかの材料では作らないし,金属で作っているところは金属のものばかりを作ります。また電気の得意なところは電気システムを扱います。

すべての企業がジェネラリストであれば,おそらく数社でカバーできるのですが,やはり工学におけるそれぞれの得意分野を活かして,という性質上,現在のような業態になるのだと思います。私が研究者として関わっている“人工心臓”などは,材質であるチタンを加工できる企業は限られてきますし,チタンだと最後の表面研磨がサブミクロンでできるかということが一番の技術力の差になってきます。このように,“1つの技術をウリにする”となると,多品種を生産できる企業は少ないですし,中小企業さんが作られているもの1つ1つが,申請できるデバイスになっていくということです。




● 医療機器審査の迅速化とアクションプログラム ●
−独自のシステムで,2年近くかかっていた審査を欧米並みの14ヶ月に−

Q.具体的に,これまでの医療機器審査の流れはどのようになっていたのでしょうか?

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医療機器にはリスクに応じて,いくつかのクラスがあります。
まず,体温計のように人体へのリスクがきわめて低く,自己認証のもの(一般医療機器:クラス1)や,「体には触れないけど診断ができます」といったようなものなど,人体への影響が低いもの(管理医療機器:クラス2)は,ほかにも類似品があって認証基準通知の機能しかないということになったら,民間の認証団体のほうにまわります。「ほかには類似品がなく,認証基準通知にない機能を有する機器」というときに,医療機器総合機構のほうに回ってくるわけです。クラス3〜4の,人体への影響がきわめて高いものや,侵襲的に埋め込んだりといったハイリスク品の場合にも,医薬品医療機器総合機構を経て大臣承認ということになります。

書類は「申請書」「添付資料」「添付資料概要」の3点をセットとして提出してもらい,これまでは概して2年近くかかって審査していました。実際の審査の流れについては,図を見ていただいたほうがわかりやすいかと思いますが,特筆すべき点として「臨床試験が必要か?」という問題などは,審査の中でよく議論に上ります。

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「海外でも使用事例がなく,今回が初めて」という場合には,当然臨床試験は必要です。しかし「海外で何例か使用事例があるが,日本で使うのは初めて」という場合には,議論が分かれてきます。もちろん臨床試験データは海外のものも国内のものも区別せずに出せますが,こと医療機器では,「国や人種によって体の大きさが違うのに,区別なく使えるのか?」という機器もあるので,日本で数例だけでも臨床試験を行って,あとは海外の多数のデータを参照する,という「合わせ技」を適用する場合もあります。
また,日本全国でも年間数例しかお目にかからないような「希少疾病」に関する機器の場合には,過去の論文を調査して,世界数カ国でデータを集めて解析しました」というような「臨床評価報告書」というもので対応する場合もあります。





Q.最近,承認までの時間短縮のために,いくつかの対策が採られているようですが。

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最近の動向について少し話をすると,まず第一のポイントとして,「相談」というものを拡充しています。なぜなら,“いざ申請の段階で書類の良し悪しが問題になり,下手をすると全部覆される,なんてことをしていては,大きな時間のロスになるからです。以前にも一部に無料相談などがあるにはあったのですが,審査内容に関する相談はありませんでした。しかし承認までの時間短縮のためには,審査前にいかに審査に必要なデータを準備するかが重要で、その意味でもこの事前相談は必須の要素といえます。

たとえば「非臨床試験(研究室の実験,動物実験)はこれでよいのだろうか」,「臨床試験はどのように設計していけばよいか」,「30例の試験がいるのか,60例の試験がいるのか」という疑問に対しメニューで示した中から適切な相談を行い,ある程度の合意ができていれば,少なくとも申請のスタートラインでつまづくことはありません。できるだけ早めに相談をして,いざ申請書類が出てきたら,それ以降は数ヶ月で勝負を決しよう,という方向に向かっています。また審査の一般論について相談を受ける,無料の事前相談というものもあります。
最近は前倒しで相談が来ていて,申請書類を持ってこられた時には「(機構のほうでも,)その内容ならもう知っているよ」という状態に近づけようと努力しています。

今後の相談の拡充は,承認までの時間短縮を目的に始まった,「アクションプログラム」の一環です。これは2009年の4月からスタートした5年プロジェクトで,開発期間を12ヶ月,審査期間を7ヶ月,合計で19ヶ月短縮する。つまりこれによって,アメリカ並みの「14ヶ月で承認」にもっていくことが狙いです。そのための方策として,年々14名づつ採用を行い,人員を35名から104名へと3倍増にする計画が今年度からもう進んでいます。

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また,この「アクションプログラム」の中の非常に特徴的な取り組みとして,審査対象を「新医療機器」「改良医療機器」「後発医療機器」の3つに区分して「3トラック制」が導入されたことが挙げられます。
たとえば,もしこれらすべてが同じ審査の列に並んでいたとしたら,「審査すれば,すぐに終わる」ような人たちが,何年も待たなければいけないような状況になってしまいます。そこで,高速道路で渋滞を回避するために,低速車線や追い越し車線などがあるように,審査対象を3つに分け,審査の簡単な品目はどんどん処理をして,審査の大変なものはじっくりと審査をする,という方法にしたのです。

 3トラック制による審査期間も目標が決められていて,これまでにまったく例のないような新医療機器の場合,かつては20〜22ヶ月かかっていましたが、こうした新医療機器であっても,5年後には,だいたい14ヶ月で審査を完了するようにしようとしています。





Q.2年近くかかっていた審査が14ヶ月で,というのは,劇的ともいえる期間短縮ですね。

はい。現実にアメリカでは14ヶ月ほどで承認されているわけですから,世界的な市場競争を考えるとこのくらいの目標設定は必要です。アメリカと日本では,医療機器に対する法制度も大きく異なりますので,アメリカの仕組みをそのまま参考にするというわけにはいかず,あくまで日本独自の仕組みとなっていますが,これらの仕組みで充分達成可能な目標であるとも考えています。
・・・とはいいましても,現状は「過去に申請されたもの」がうず高く積まれている状況。まずこれらを一通り処理してしまうまでは,新たな期間短縮の取り組みにかかれません。そのため,これまでのものが一度全部なくなる3年後をメドに,これら数値目標を実現していきたいと考えています。

しかし過去の滞貨が片付くまで待っていただきたい状況の中でも,優先的に審査が行われるものがいくつかあります。「優先審査」と呼ばれるこれらの審査品目は,学会が指定する「医療ニーズの高い医療機器」の一部や,「希少疾病医療機器」などがこれに当たります。これらは3トラック制が本格運用された後も,3トラックの枠の外で,迅速な審査が行われます。

しかし過去の滞貨が片付くまで待っていただきたい状況の中でも,優先的に審査が行われるものがいくつかあります。「優先審査」と呼ばれるこれらの審査品目は,学会が指定する「医療ニーズの高い医療機器」の一部や,「希少疾病医療機器」などがこれに当たります。これらは3トラック制が本格運用された後も,3トラックの枠の外で,迅速な審査が行われます。



最後に,これは仕組みとは関係ないのですが,医薬品医療機器総合機構の体質自体も,これまでとは大きく変わってきたように思います。企業の人から「最近,総合機構は敬語を使うようになってきた」などと冗談めかしていわれますが(笑),昔のような「上から目線」ではなく,同じ立場の目線で議論が行われるようになってきたというのは非常に感じます。また総合機構の人員配置も,普通の審査官のほかに,医師の資格を持った人々がおり,臨床からのフィードバックがあります。それに私のようなエンジニアが参加したことによって,ある程度医療機器の開発に携わったエンジニアリングからのフィードバックも,随時行えるようになってきました。
今後も,迅速な審査に向けて,いくつかの試みを実施していますので,こうした情報にも目を向けつつ,まずは気軽に相談に来ていただくことが,承認までの一番の近道だという気がしています。

―― ありがとうございました。




(取材をもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)


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