技術解説

(2009年9月掲載)

らせん形状生物にめっき 電磁波に応答するマイクロコイルの開発
(東京工業大学資源研)



研究された方々
  • 鈴木 壮一郎(東京工業大学 資源化学研究所
  • 伊藤 香織(東京工業大学 資源化学研究所 助教)
  • 彌田 智一(東京工業大学 資源化学研究所 教授)
  • 山野辺康徳(住友鉱山開発センター)
  • 菅本 憲明(住友鉱山開発センター)
  • 山田 厚(住友鉱山開発センター)


生物の組織をテンプレートに、ミリ波・テラヘルツ波などの次世代通信用材料を大量生産

東京工業大学 資源化学研究所、および住友鉱山開発センターが共同で行っている研究は、植物の維管束や微小な藻類など、生物の組織に金・銀・銅などを無電解めっきし、30〜50μmのサイズの微小な「マイクロコイル」を作る研究です。
ところでこのコイル、一体何に使うのでしょうか?

実はこのコイルの共振周波数は、これからの通信の主役となる、数十ギガヘルツ帯の電磁波に応答することが分かっています。
このため、ミリ波(30〜300GHz)を用いた超高速ワイヤレスコミュニケーション、また光と電波の中間に当たるテラヘルツ波(0.3〜3THz)も含む、次世代の高周波技術のための電磁誘導・自己誘導特性を示すコイルを大量に作る技術として、非常に興味深いものだといえます。




材料その1 ハスの茎の構造と特性

contents

材料としては、1つにはハスの茎(地下茎はレンコン。この場合は地上に出ている茎)の維管束が用いられます。
維管束とは、茎に切れ目を入れて引っ張ると出てくる繊維状のもので、植物の水や養分が通る管を補強するためのもの。材質はセルロースです。
ハスの茎の維管束は、紀元前からミャンマーなどでは高級な、高貴な人に献上する衣服の材料などによく用いられていたそうですが、らせん状に巻いたリボンのようなの繊維が7本〜20本、束ねられたような構造をしています(らせんの直径は約50μm、ピッチは約100μm)。
これに無電解めっきにより銀めっきを施すと、一本一本の繊維まで銀被覆されたコイル状のものになります。これはだいたい髪の毛の太さや、精密機械加工で製造される最小のコイルに相当する大きさです。




生物組織から製造したマイクロコイルの驚くべき特性

このめっきが電導性を有しているかを実測後、電磁誘導を使って、自己インダクタンス(L:単位はH(ヘンリー)を磁束で測定する方法から逆算していきます。この形状から、どの程度のインダクタンスを持つかを計算することができます。
インダクタンス(L)とキャパシタンス(C)を合わせると共振回路になりますが、これぐらいの小さなコイルでは、自身にキャパシタンスを持つためそれ自身で共振回路になります。

測定の結果、0.1nH(ナノヘンリー)という小さなインダクタンスが得られました。
また、この銀マイクロコイルを約2mmの長さに切断し、含有量約1Vol%としてシリコン樹脂の中に包埋し、ネットワークアナライザで周波数10GHzから50GHzまでスキャンしたところ、数十GHz領域に明瞭な吸収帯(−25dB(0.32%)の反射損失)が検出されました。これは量からすると、「全体の体積におよそ1%入っているだけで、99.9%の電磁波を吸収することができる」という、驚くほどシャープな吸収特性が見えてきたそうです。

これはどの程度かというと、なんと現在の携帯電話などに使われる周波数より一歩先の、次世代や次々世代の通信で使われる周波数帯、つまり現在はレーダーや天文学の分野で使用されている、「センチメートル波」、あるいは「ミリ波」の領域に相当するとのこと。
また最新のステルス戦闘機なども、その形状とともに、表面に電磁波吸収のための磁性材料を使っているそうですが、磁性材料はその吸収の機構から、体積の30%ほどを入れる必要があるそうです。しかしマイクロコイルの場合には、それが体積の1%程度で済むという、驚異の吸収特性を発揮します。




材料その2 さらなる材料を求めて −大量生産への対応−

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また、きわめて理想的ならせん形状をした、もう1つの有望な材料に、アフリカのチャド湖に生息している「スピルリナ」と呼ばれるプランクトン(健康食品のクロレラのようなもの)があります。しかも水槽内で勝手に増殖するので、これからのものづくりを考えるときにも理想的だといえるでしょう。
これらの生物は、その再現性について統計を取って調べてみると、直径とピッチは変わりません(直径約30μm,ピッチ約50μm,長さ300−500μm)。また巻き方向も完全に一定、という特徴があります。長さだけは不均一で,長くなってくると折れて、分裂して増えます。

これをエタノール浸漬後、銅でめっきを行うと、共鳴吸収が磁性材料では到達できないほどに、非常にシャープな特性が得られます。




今後の課題と展開

これよりさらに小さな領域を目指す場合は,当然ながら素材となる生物の種を変えることで、サイズの制御が可能になります。プロセス上の課題はありますが、梅毒のスピロヘータのようにさらに小さいものも見つかっています。

  電磁極においては、大きさと周波数はリニアに変化する(スケーリング)ので、更なるスケールダウンによって、その吸収がミリ波から赤外や可視光、分子が光を吸収するとはまったく違う、もっと吸収断面積の大きな材料ができると期待されます。

用途開発や、メッキプロセス上の課題はまだ残されていますが,我々の高速大容量通信の周波数帯域における大事なエレメントを,これからはこうした容易なプロセスで大量生産できるかもしれません。


(当日配布資料,講演取材などをもとに「学際ネットワーク」設立準備会が記事作成)

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